植林のほとんどはスギ・ヒノキなどの針葉樹が主体で、
長年にわたって植栽された人工林が日本の国土を豊かに覆っている。
植林用の苗木を扱う業者というものがちゃんと存在する。
樹木の苗というのは育つのに時間がかかり、その苗の良し悪しの結果が簡単には分からない。
ここ最近の適齢伐期の主流は60年生??80年生などと言われている。
80年後の成長を信じて植栽者は苗を購入することになるのだ。
だからとても「信用」というものが大事になる。
長い付き合いの馴染みの業者がいる。
そこの社長は齢75歳を超えて今もなお現役である。人生のほとんどを育苗研究に費やしてきたという。
古い日本家屋を改造した旧態依然とした事務所にいつも一人その社長は座っている。
訪ねるといつも、これまで研究してきた苗木の話を数時間かけて説明してくれる。
日程の書き込まれた黒板を消して図示しながら熱弁してくれる。
その楽しげな表情についつい長居をさせられてしまい、職場に帰って上司にどこでサボってきたのかと追求されることも珍しくない。
社長の話はいつも苗木のことばかり。苗木をこよなく愛しているという感じだ。
でもおいらのような若輩者相手にとても楽しく話してくれるのは人間が好きだからかも。
「日本の林業はますますこの先ダメになる。同時に苗木屋なんていう職種も消えていくだろう。」
どことなく寂しげに話すこの言葉はいつもの決まり文句だ。
気の遠くなるような時間をかけて育つ樹木。
その朗々と流れる時間を直視しながらも、自らの歩いてきた道をたどってくる者に老人は道標を残そうとしている。
「あなたにもいつか私の言うことが理解できる日が来ると思います。それまでがんばって勉強してください。」
樹木同様、人間を育てるにも緩やかな時間の流れが必要なのだな。
未来を見つめるその瞳。
いつも力強く潤んでいる様が頼もしくもあり、また寂しげでもあり。