2004年03月14日

記録、それはいつも儚い・・・・

ホワイトデー。
1980年に全国飴菓子工業協同組合がバレンタインデーのアンサーデーとして企んだ日です。
「チョコレートの野郎がやりやがったからうちもやったれっ」
てなわけです。

今日では当たり前のように繰り広げられているプレゼント合戦。
でもその定着には並々ならぬ苦労があったようですね。
当時、毎年「ホワイトデー・コンサート」なるものを開催して必死の広報活動を行ってたようです。

過去の資料を調べてみると
1986年には黒沢年男によるホワイトデーイメージソングが発表されたとあります。
曲名は「て・れ・な・い・で」。
はい。照れません。
作曲はタケカワユキヒデ氏だそうです。どんな曲なんでしょうね。

ていうか曲よりも気になる記述がありました。
その黒沢年男も参加していた同年のホワイトデーコンサートでは
司会として「轟次郎」が登場していたらしいのです。

「轟次郎」って覚えてられる方はどのくらいらっしゃるんでしょうね。
昔、様々な新種目を作り出してその記録を競い合い
その記録を日本新記録にしてしまうという素人参加型番組がありました。
番組名は「びっくり日本新記録」。その強引な企画にまさにびっくりでした。
で、確かその番組で彼が素人に混じって毎回妙な競技に挑戦していた記憶があります。
しかも愛称として「チャレンジボーイ」とか呼ばれてました。
まあいわば「芸人枠」ですな。


ホワイトデーに黒沢年男と轟次郎がどうした?と思ってる皆様。
プレゼントを考える必要のないおっさんがホワイトデーに想うことなんてこんなもんです。
(やさぐれ指数8)
posted by とと at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ひ出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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